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扉ノムコウ [ノンセクション]

 教会のメンバーが思いがけず入院した。仕事を終えてから入院先の病室に向かう。指示された病室は、急に行き止まりになっていた。ここは精神科の病棟なので、呼び出しをし面会室でしか話ができないとのこと。この状況だけで気が滅入ってしまう。できる限り足を運んで励まし続けたい。
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ススキがゆれる [ノンセクション]

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 秋のやわらかい日差しに輝きながらゆれているススキは日本らしい風景を作り出していると思う。近年、外来種のセイタカアワダチソウに支配されつつある日本の秋の風景だけど、やはり日本の秋はススキだ。

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さよならは言わない [ノンセクション]

 あっという間の4日間だった。父親に寄り添うようにソファーで私の両隣に座るようになったAhmedとTendoは残されたツアーのために新潟を旅立つ。まぶしい白い歯と綺麗な瞳で笑う彼らを見ていると、ユーミンの古い曲の「少しの英語だけがあなたとの架け橋なら淋しい」というフレーズが頭をよぎる。
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 WATOTO CHILDREN'S CHOIRのワールドツアーは今後も続くだろう。しかし、メンバーとしてツアーに出られるチャンスは一生に一回だ。彼らとこの地上で会う機会はもう無いかもしれない。でも、彼らがアフリカのリーダーとなって新しいアフリカを作り上げる未来はそう遠くないだろう。エンジニアになりたいというAhmed。医者になるというTendo。きっとどこかで君達の活躍を知ることがあるだろう。だから、さよならは言わない。
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取材 [ノンセクション]

 来日中のWATOTO CHILDREN'S CHOIRがホームステイしているということで、地元のTV局の取材を受けた。本来、テレビの取材なんて絶対嫌なんだけど、若いアナウンサーの企画だということと、K牧師への協力もあり不思議な一日となった。
 天気が悪く、アウトドアは難しいので水族館へ。子ども達は予想通りに喜んでくれてまずまず。しかし、ヒトデとかを触れるタッチプールでアフリカ人は突如野生化。絶対魚を捕まえるといって長袖の上着を袖まくりもせずに水中につっこむ。もう笑うしかない。
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保護者役のFrankは取材に来たアナウンサーに一目惚れ?

 今回は二人の子どもとお父さん代わりのFrankが同行し一緒にホームステイしていた。彼はツアーではミキサーを務めるナイスガイ。うっかり、へたくそな英語で「日本人のアフリカのイメージは砂漠とキリンだぜ。」なんてジョークのつもりで言ったら、アフリカの大自然の豊かさとエジプトから始まる壮大な歴史について1時間近く、コンコンと講釈を受けることになった。五分の一くらいしか理解できなかったけれど。彼は真面目でアフリカに誇りを持っているのだ。しかし、所詮25歳の独身男?取材に来たアナウンサーに一目ぼれ。水族館では子ども達はほったらかしで彼女をエスコート。そして写真をとりまくっていた。まぁ、いいや、新潟の良い思い出にしてくれ。
 
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WATOTO CHILDREN'S CHOIR [ノンセクション]

 WATOTO CHILDREN'S CHOIRはアフリカ・ウガンダでエイズ孤児や内戦で肉親を失った子ども達によるアフリカン・ゴスペルチームだ。今日、新潟で初めて彼らのコンサートが行なわれた。チケットは完売し、満席の新潟県民会館は大きな感動につつまれた。
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WATOTOの新潟公演が行なわれた

 大雪だった今年の初め、普段から親しくさせてもらっているK牧師から話を受けた。(K牧師は女性で私よりもかなり若い)「WATOTOって知ってます?」「いや、知らないけど。」「ですよね。」こんな会話から始まったと思う。
 彼女は昨秋、横浜で行なわれたWATOTOのコンサートに参加し感激したこと、そして、アンケートに新潟公演を希望し電話番号を記入したら、事務局から連絡があり、2010年に新潟コンサートを準備しませんかと呼びかけられたこと、そして新潟県民会館が空いていることを話してくれた。何でもいいから手伝って欲しいと言われた。
 彼女の助けになりたい気持ちはあったが、ショービジネスはリスクが大きいこともあり、恥ずかしながら私は消極的だった。
 その後、WATOTOの働きを少しずつ知ることができた。ウガンダに使わされたカナダ人の宣教師が、エイズの悲惨な現状に喘ぐアフリカの様子を嘆きながら、「子どもが育つには村が必要」というアフリカの諺に基づき孤児院ではなくWATOTO村を作った。ここには、エイズで肉親を失った子ども達が、同じようにエイズで夫を失った母親の元、新しく8人のファミリーを結成し一つの家で生活をするというもの。村には学校や病院もあり、ひとつのコミュニティとして完成されている。アフリカでは多くの孤児がいるのに、学ぶ機会がない彼らが国のリーダーになれない。しかし、本当にアフリカが変わっていくためには孤児の中からアフリカのリーダーを育てなければならないというビジョンにも驚いた。近年は内戦のため、テロの兵士として育てるため誘拐され内紛後に棄てられた子ども達のリハビリも行なっている。その村で生活する子ども達の中から毎年、オーディションで選ばれた子ども達がアフリカのダンスとゴスペルを用いて毎年ワールドツアーに出かける。これまでバッキンガム宮殿やホワイトハウスでパフォーマンスしたこともある。
 私は、ホームステイを受け入れるくらいなら協力できるかな?と思いながらも、ショービジネスとして成功するのはかなり厳しいと懐疑的な目で見守っていた。
 コンサート会場は新潟県民会館の大ホール。二階席まで入れると1700席。WATOTOコンサートの数日前には山下達郎がコンサートをしたような場所だ。しかし、不信仰な私の心配をよそにチケットはコンサートの数日前にSold outした。
 K牧師は、イベンターとしてはズブのシロウトだ。その彼女が各メディアにアプローチして奔走した姿を私は知っている。そして偉業を成し遂げたのだ。その彼女が超満員の観衆を前に「全て神様が起こした奇跡」と涙を流しながら笑顔で行なった挨拶ですでに私の胸はいっぱいになっていたが、ステージで繰り広げられる彼らのパワフルでハートフルはパフォーマンスも想像をはるかに超える感動だった。
 公演後、ホームステイ中のAhmedとTendoを楽屋まで迎えにいった。家に戻りバナナを食べている二人を見ていると、肉親を失った悲惨な子どもでも、ステージでエネルギッシュに歌うアーティストでもなく、普通の男の子にしか見えない。彼らが普通の男の子として我が家でホームステイしていることが、もうWATOTOの偉大な功績だと思った。
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From Uganda [ノンセクション]

 アフリカからゲストが来た。日本ツアー中のWATOTO CHILDREN'S CHOIRの子ども達が、新潟公演のために来たのだが、我が家でもホームステイを受け入れることに。今日から3泊の文化交流。
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子供同士は言葉が通じなくても遊べるのでうらやましい

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I牧師のこと [ノンセクション]

 礼拝が始まる頃、見慣れない若い夫婦が会堂に入ってきた。そして、一番後ろの席でとても熱心に説教に耳を傾けている。どこかで見かけたような気がするのだが…。
 礼拝後、挨拶をする。奥様はこの教会の初代牧師の娘さんであった。会堂が新しくなったということもあり、訪ねてみたいと夏休みを利用して遠く兵庫から来てくださった。
 ご主人の方は、「初めまして…だったでしょうか?」と私が訪ねると「いや~実は以前にお会いしているんですよ。」との返事。やっぱり、でもどこで?と思いをめぐらせていると「Iです。」と名乗られた。「I君?」「ええ、実は今、兵庫で牧師をしています。ははははは。」
 そうだ、I君だ。確かに僕は会っている。大学生伝道をしていたときに。I君は山陰の大学に通う学生だった。僕が大学生伝道のスタッフになった年に彼は山陰の大学にいた。当時、その大学の聖書研究会には多くのメンバーがいたがノン・クリスチャンばかりであった。I君は本当なら卒業して私とすれ違うところだったのだが、なんと留年して在学していた。当時、I君は洗礼を受けたばかりであった。仕事を引き継いだとき、この大学はノン・クリスチャンばかりだけれど、留年したI君が洗礼を受けたので力になってくれると思うよと言い残された。私には、頼りのなるのはI君だけだった。
 ところが、I君は洗礼式の直後からパッタリ教会に来なくなってしまい。聖書研究会の助っ人としての計算は全く立たなくなってしまった。というより、大学に行っても、教会に行ってもI君には会えず、私にとっては、もはや想像上の人物でしかなくなっていた。 
 それから、5年くらい経ってからだろうか、もう少し経っていたかもしれない。その、山陰の地方大学の聖書研究会も幾多の困難を乗り超え、メンバーも増えて、中心的なクリスチャンのメンバーも定着した頃、「そういえば、Iさんが教会に戻って来たんですよ。」という話を聞いた。
 大学生達の集会を大学近くの教会で行なったときに、I君はそこにいた。何があって教会を離れたのか、そして何で戻ってきたのかは、未だに何も聞いていない。そのとき、彼は献身をしたいという願いを持っていて、教会献身者としてその準備をしているということだった。
 その後、何度か山陰の教会でI君に会った。それから神学校に入学したということを聞いたのがI君との最後の接点だった。
 そのI君が、今、牧師になって、しかも結婚して私の目の前に現われたのが不思議でならない。もちろんI牧師も不思議がっていた。「イギリスに行ったと聞いていましたが、なんで新潟におるんですか?」と目を丸くしていた。それについて話をすると何時間にも及ぶのでと、お互い、深い話をする時間はなかったけれど、不思議な再会だ。
 はっきり言って、学生時代の彼は、私にとって何の助けにもならなかった。というより激しく失望させてくれた。ひどい言い方をするなら使い物にならなかった。その彼が、牧師として、同労者として、今、同じ働きをしているなんて夢のようだ。神様はこんなことができて、こんなことをされるのかと思うと、あきれるくらい嬉しくて、なんだか、もう笑うしかない。
 きっと、これからもこんな出会いや再会があるはずだ。そして、また、きっとI牧師にも会えるはずだ。
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K牧師のこと [ノンセクション]

 数年ぶりに青森市の妻の母教会の礼拝に出席した。この春からK牧師が赴任され、挨拶に行きたいと願っていた。実は、私は高校生のときにK牧師に会っている。27年ぶりの再会となるが、もちろん、K牧師は私のことなど覚えてないだろう。
 高校2年生の冬休みに、私はキリスト教のキャンプに参加した。そのとき、カウンセラーとして同じグループになったのが現在のK牧師である。当時、Kさんは消防士だった。日々、訓練をつみ強靭な肉体を持つKさんは見るからに消防士といった感じ。短く角刈りに整えられた頭髪は、なぜかいつも前髪だけがピンと立っている。2センチほどの前髪がいつも立ち上がっているので「どうするとそうなるのですか?」と聞くと「パーマをかけているんだ。これが消防士の唯一のファッションさ。」と笑顔で答えてくれた。2センチくらいでもパーマをかけられるんだ、と当時驚きながら聞いたことが今でも忘れられない。
 そんなKさんとキャンプの最後の夜に一緒にお祈りをした。Kさんはおもむろに「祈って欲しい」と切り出した。消防士になることが子供のころからの夢で、その消防士になってとても充実しているけれど、ひとつだけ悩んでいることがある。それは消防士だと毎週日曜日に教会に行くことができない。できれば、神学校に行って牧師になりたい。という内容だった。高校生だった私は、ちょっと驚いた。自分の夢を叶えたのに、それをやめて牧師になりたいと考えている人がいることが衝撃だった。
 大学生のときに風の便りでKさんが神学校に入学したということ聞いた。とても嬉しかった。それきり、Kさんの情報は無く、私も、すっかりKさんのことは忘れていた。
 春先に、義理の両親から、新しく来た牧師が元消防士ということを聞き、もしかしてKさんではないかと思っていたがビンゴだった。
 上記したことをK牧師に伝えたら、案の定、私のことは覚えていなかったが、自分のことだとテレながら話してくれた。今は前髪にパーマを当ててはいないけれど、今でも地元の消防団に入って火事の連絡があれば手伝いに飛んでいくらしい。
 高校生の時に、祈ったことが、こんな形で現実になっていくことがとても不思議でとても嬉しい。
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山寺 [ノンセクション]

 山形まで来たの山寺こと立石寺に来た。別に、山形には何度も行っているし、山寺の近くも何回も来ているのだが行ったことがなかった。教科書で芭蕉の句を習った時から行ってみたいと思っていたので今回が良い機会だった。
 山寺に行くなら夏しかない。夏に石段を登るのは大変だろうが、岩に染み入るセミの声を聞くためには夏しかない。
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 あいにくの雨模様だったが、傘無しで動けるレベル。さすがに山寺には妙な迫力があった。セミが鳴く中、訪問できたので満足。と思いきや、芭蕉が山寺を訪れたのは7月の初めだったので私が耳にしたアブラゼミの鳴き声ではなく、ニイニイゼミだったと思われる。しかしながら、もはや、あまりの人ごみに「しずけさ」は全く感じない山寺。芭蕉が来た時は、本当に誰もいなくて静かだったんだろう。
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走れ!息子! [ノンセクション]

 Jリーグの試合前に行なわれる前座試合に息子が出場することになった。試合前なので観客席にはほとんど人はいないが、W杯も行なわれた、そしてベストピッチ賞を受賞したビッグスワンの芝でサッカーができるなんて幸せだ。しかもオーロラビジョンに名前まで紹介されて。付き添いの私達家族も、ピッチレベルで見学。息子がボールを持つたびに「走れ!」と声援を送る。
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